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”イロドルヒト“ vol.2 青木正臣


青木の仕事は、絵を描くこと。毎日、埼玉県川越市にある工房に“出勤”し、朝から仲間と一緒に絵を描く。お昼にはお弁当を食べ、夕方までまた絵を描く。
青木と言葉で会話するのは難しい。目を合わせることもほとんどない。その半面、彼の描く絵は雄弁で、一見ではわからない人間の奥行きを感じさせる。とても強い感情、すさまじい集中力、消えてなくなりそうな繊細さ、その底に流れる優しさ、苦悩…。9月初旬、青木の仕事場を訪ねた。




プロフィール

2005年、際コーポレーション入社。
青木正臣(35歳)
特定非営利活動法人あいアイに所属しながら、創作活動をおこなう。
【受賞歴】
・サクラクレパスデザイン大賞入選「柿」
(2005年)
・川越ヴィエンナーレ入選「ひまわり」
(2008年)
・富士山世界遺産登録記念富士吉田市展
 市議会議長賞受賞「駿河湾に臨む富士山」
(2010年)
ほか入選多数


テレビが好きな子どもだった。当時流行っていたテレビ番組の絵本を見て「これは何?」と聞いてきたのが、お母さんとの最初の会話。それから気づくとチラシの裏に4コマ漫画を描いていた。鉛筆で描かれた主人公たちの顔はどことなくみな同じで可愛らしい。


幼稚園で女の子が泣いていると、ハンカチで涙をふいてあげるような子。担任の先生からそう聞かされたとお母さんは振り返る。男の子たちと走り回るような遊びはしなかったが、友達は女の子が多かった。養護学校のときも、自分より小さな子たちを膝に乗せ、めんどうをみた。自宅で飼い始めた捨て犬のことも可愛がった。自閉症の子どもはふつう他人には興味を持たないし、動物を嫌うが、彼はちょっと違っていた。


まわりの大人が話していることはわかるが、自分の気持ちは伝えることができない。あるとき、お母さんに腹を立て、すっと立ち上がると1冊の本を持ってきた。指をさしたページには「お母さんなんて嫌い」と書かれていた。どんな物語の、誰のせりふだったのだろう。


高校生になって、特定非営利活動(NPO)法人「あいアイ」の活動に参加するようになる。「あいアイ」は自閉症やダウン症の子どもたちが、絵画の制作を通して自立できるよう支援する団体である。代表の粟田千恵子さんは、みんなの絵の先生。「最初のころ、にこりともしない子だった」。何とか青木から表情を引き出そうと考えて、彼の描いた魚の絵を、そのままぬいぐるみに仕立てて渡してみた。目がくりっとした、青い鯖のぬいぐるみを見て、青木が初めて嬉しそうに笑った。そのとき「喜怒哀楽」の“喜”の感情が、青木にもあることを確信したという。


下絵は必ず一筆で描く。細かい曲線も複雑な形も、一筆のラインで描く。好きな色は青。いつも使うフェルトペンは、何十色とそろっているが、絵をぬり始める青木を見ていると、何の迷いもなく、色を選んでいく。そのスピードも速い。青を基調に美しいグラデーションが重ねられ、どうしたらそんな色の運びができるのか、凡人には真似できない、軽く鳥肌の立つような感動を覚える。


その日のお昼は、大きなおにぎり2個といろどりいいおかず。お母さんやみんなと食べる。食後、工房のテラスで、自画像と一緒に写真撮影をした。撮影のときの顔は、しかめつらで口は一文字。それが彼の「型」なのだ。
取材のために、ていねいにファイルされた昔の4コマ漫画を見ていると、青木が絵を描く手をとめて、のぞきこんできた。自分の絵は全部覚えている。すべてのチラシの絵をお母さんは取っておいた。見るからに失敗作のようなものも捨てなかった。その1枚1枚が、青木とお母さんとの会話であるから。大切に紡がれた絆が、それぞれを生きる者の心を打つ。